カラーコレクター

 鯨野自治区ではインクの生産はほぼ行われていない。しかし、鯨野雑貨店には一人の調色師が在職している。彼女は浮島に存在する、あらゆる色の標本を作るために地上の街から鯨野へ移住した、数少ない人間の一人である。
 彼女が鯨野へ移り住んだきっかけは、鯨野住人から浮島に存在する植物と同じの色のインクの調色を依頼されたことだった。依頼人は浮島から採取した植物を彼女の元へ持参したが、光の影響のせいか地上ではどうしても同じ色が再現できなかった。
 そこで新しい色の開拓を夢見た若い調色師は、自ら進んで鯨野への移住を希望した。まだ地上の住人を受け入れた前例がなかった鯨野では一時議論が巻き起こったが、その熱意に押されてある条件を元に移住を許可することになった。
 その条件とは浮島の鮮やかな自然を写し取った色の標本を作ること。そしてその色の標本を元に地上の工房でインクを作成し、鯨野へ供給すること。
 彼女はすぐに快諾し、意欲的に色の標本を作り上げていった。彼女が鯨野へ移住して五十年が経る頃にはその数は膨大な量となった。
 今でも彼女が調色した色の標本壜は鯨野駅舎の片隅に展示されている。光の当たる場所へ展示して欲しいという彼女の願いのため、色の一部は退色してしまっている。しかし、彼女はそれでいいのと微笑むのだった。


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