大空を泳ぐ水生生物

 鯨野は街が丸ごと空へ浮かんでしまった特異性から地上のあらゆる人に認知されたが、他にも空を泳ぐ水生生物は観測されている。鯨野文庫の中にはそれらの生物を描き留めた博物ノートがあるが、それが空を泳ぐ生物だと認識されたのは随分後になってからだった。
 鯨野では星空の中を泳ぐシーラカンスの煌めく鱗を眺めるのは夏の楽しみの一つだった。夕焼けの中をマンタが群れを成して飛ぶのは秋の風物詩。地上からは姿をまともに確認できないため、それらの飛行体は長い間鳥と混同されていた。
 後に鯨野を研究テーマに定めた学者が、何故水の中の生物が空を泳ぐのか調べたが何の手がかりも得られず研究は頓挫した。かろうじてわかったことは鯨が辿った航路には遙か昔にも巨大な生物が降り立った記録が散見されたこと。そして、どうやら鯨は何かを探して世界のあちらこちらを転々としていたことだった。だが、結局それが何を意味するか解き明かすことはできなかった


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