鯨野の成り立ち

 クラーケンやカメの甲羅に人が街を作ってしまったという昔話がある。鯨野もその一つだ。何十年も海辺で眠りについていた鯨の背中に土の層ができ、緑地ができ、人が住むようになった。小さな集落だった村は人が増えるに従って徐々に大きな街となり、馬車が通り、汽車が通るようになっていった。
 ある時、その街を治める国で戦が起きた。街が戦禍に巻き込まれそうになった時、大きな地震がその国を襲った。皆、争いの手を止め、互いに身を寄せ合って揺れがおさまるのを待った。街と街とをつなぐ頑強な石橋が落ち、鉄道が引きちぎられた。地が割れて抉られ、川は滝となってその側面を流れていった。
 やがて震えがおさまると、聞いたこともないような不思議な歌があたりに鳴り響いた。そしてその天を貫くような甲高い歌声と共に大地はどんどん高く、高くせり上がっていった。
 最初、誰もが何が起きているのか把握できず、近づき来る雲を見ているしかなかった。大地は雲の野原を抜け、より青い空へ舞い上がるとようやく上昇をやめ、空を漂いはじめた。
 人々は途方に暮れた。何が起きたか、これからどうすればよいのか。誰が言い出したわけでもなく街の中央の駅舎に集まり、連日議論が巻き起こった。
 救援を要請するために文を地上へ投げようという提案。空を航行し、地上へ帰る船を作ろうという提案。このまま空で暮らそうという提案。
 いずれにしても協力が必要だった。人々は武器を捨て、この土地で生き延びる術を模索しはじめた。


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